奥多摩の最奥部、長沢背稜を縦走した【山行記録/1泊2日テント泊】
2020年の8月、コロナ騒動に嫌気がさして出かけたテント泊先は、和名倉山を中心とした馬蹄形の縦走であった(これは以前も記事にしている)。2日目、雲取山から秩父方面へ下山する際に横目に見た縦走路があった。それが「長沢背稜」であった。
長沢背稜は雲取山の隣のピークである芋ドッケから東に長く伸びる埼玉県と東京都の件強となっている稜線である。昭文社が発行している山と高原地図において長沢背稜は踏み跡が薄く、経験者向きの尾根として取り扱われており、シーズン中でも同じ雲取山付近の稜線の中での人気のなさと訪れる人の少なさは際立っている。
8月の縦走の際、いつか訪れたいなと思っていたが、訪れる機会は、案外早く到来した。
今年(これを掲載する日からすると昨年になってしまうが)は、久々にOMMJAPANに出場する予定だった。OMMは一泊二日の野営を伴うレースで、ミニマムな装備でそれなりに寒い時期の山に挑むことになる。今回ペアを組む相方は同じオリエンティアだが、初コンビとなるため、お互いの呼吸を確認することが必須だった。そこで、OMMの2週前となる10月末に、雲取山を含めた、長澤背稜を踏破する計画を2人で立てた。
背負う荷物はOMM本番を想定したものとなり、テントは相方が持つワンポールのフロアレスシェルターにしたり、寒くなるのに8月の縦走時よりもかなり軽くなったザックに多少の不安を覚えたが、それよりも長沢背稜に行ける喜びが大きかった。また、誰ともすれ違わない世界に没入できる。そう思った。(ただ、今回は二人だけど)
奥多摩駅を起点として、長沢背稜を1泊2日ですべて踏破する計画を立てた。まず、初日は奥多摩駅を歩き始め、石尾根をたどり、雲取山へ登頂。その後雲取山荘のテン場で1泊。そして2日目は、お待ちかねとなる長沢背稜をたどり、日向沢ノ峯まで縦走。その後、本仁田山まで縦走を続け、また奥多摩駅まで戻ってくるという工程を立てた。総距離50㎞とOMM本番を見据えた、ロングトレイルとなる。
10月後半の奥多摩は紅葉の最盛期である。土曜日の朝、奥多摩行きの奥多摩線には、トレッキング目的の乗客でいっぱいとなっていた。奥多摩駅に降り立ち、相方と合流。奥多摩駅に降り立った乗客の多くは、奥多摩駅からさらにバスに乗り込んで消えていった。雲取山に行くのか、三頭山に行くのか、それとも別の山か。それはわからないが、山を楽しむものの心は一つ。公用を満喫して、安全に下りてくる。ただそれだけである。
奥多摩駅から、石尾根のとりつきまでは、数キロの舗装路を歩く。特段、面白いことはないが、二人でこの後見ることができるであろう景色や、OMM本番のこと、すごい下らないこと、などを会話しつつ、進んでいく。登山口から最初は、針葉樹林の植樹されているエリアを進んでいく。10月後半となったが、まだ気温はそこそこあり、一歩一歩登るごとに体温が上昇して汗ばんでくる。ただ、吹き抜ける風はそこそこ涼しく、秋の訪れを感じる。8月に苦労して登った二瀬尾根が懐かしい。
しばらくすると、明るい防火帯に出た。ここからはしばらく防火帯をたどって登っていく。標高1000m付近の色付きはまだまだで、もう少し見ごろまでには時間がかかりそうだった。荷物はやはり、普段のトレランなどのトレーニング時と比較すると軽くしているとはいってもやはり重く、一歩一歩に取られるエネルギー量は多く感じる。でも、OMMは走るし、これくらいでへこたれるわけには、いかない。頑張れ、俺、と自分自身を鼓舞して歩みを進める。
最初のピークに到着した。名前は六つ石山。標高は1478mのピークだ。これからたくさん見ることになる石で作られた立派な山頂標識を確認し、一息ついた。カラマツの紅葉はもうすぐ見ごろという具合。もう少し標高を上げることになる雲取山付近はおそらく今が最盛期だろうと感じる色付き具合で、さらなる期待が高まった。
六つ石山から鷹ノ巣山へと歩みを進める。ここから先の景色が素晴らしかった。開けた草原があらわれ、紅葉と青空のコントラストが美しい。奥に見える鷹ノ巣山。あ、いいな、と思い相方と二人で写真を撮りまくった。
草原を通り過ぎ、間もなくして標高1737mの鷹ノ巣山に登頂した。
鷹ノ巣山にはこれが人生で2回目の登頂となる。そもそも、石尾根に来るのはこれが2回目。過去はここを降りてきていたので、登ってきたのはこれが初めてであった。やはり登山の時は見える景色が登っているときと下っている時では大きく違う。前は、こんなにきれいな景色のところあったっけ?と、ふと振り返る。下りは小走りに下って一瞬でいいところを過ぎ去ってしまう。でも、登りはゆっくりな分、つらくても周りを見ることができる。鷹ノ巣山でおなじみ(といっても2回目だが)鷹のポーズを決めて、七ツ石山方面へ。正面に見える大きなピークが七ツ石である。
鷹ノ巣山から一つ下ると、避難小屋がある。ここが水の補給地点。少し小屋から歩いたところにある湧水で、水を補給する。若干想定よりも気温が高く、水の消費量が多かった。相方はもう殆ど水が残っていなかった。これがまさに天の恵み。ありがとう大地、ありがとう地球。というか、もう少し水持っておけよ…と思わなくもない(相方は1リットル)
先ほどまで晴れていたのが、若干雲が多くなってきた。七ツ石山へ向かう途中、ガスに包まれたり、晴れたりを繰り返すようになった。そして紅葉の色付きはより強いものとなった。北欧でオリエンテーリングをしたことがあるオリエンティアは、この石尾根の雰囲気を北欧の秋の森の雰囲気に似ていると称す。私は北欧を訪れたことがないので、その真偽はわからないのだが、きっとこの雰囲気が北欧に似ているのだろうと思うと、心が躍る。日本のスウェーデン、それが石尾根に違いない。
七ツ石山。山頂直下にある石の並びを基に七ツ石と名付けられたようである。岩の横を通り、山頂方面に向かう。鴨沢からの登山道と合流するため、ここで人の数が一気に増えた。これはおそらく、雲取山、そして雲取山荘は大盛況な状況だろう。七ツ石山では簡単に写真だけ取って、今日の大目標である雲取山方面へ進む。
七ツ石山から雲取山へ向かう登山道は、カラマツの立ち並ぶ広い防火帯の道である。非常に開けており、晴れていると遠くに富士山を眺めることのできる素晴らしい景色の稜線の登山道で、何回歩いても素晴らしいという感想を抱くのである。
ガスは多いが、時々雲の切れ間から太陽がのぞき、気分は高まる。相方は今回が初めての雲取山。東京で最も高い地点付近の景色に感動している模様だった。
小雲取山を越えて、雲取山に到着。8月以来の雲取山である。8月の雲取山は誰もほかに人がいなくてとても落ち着いた空間だったが、さすがにハイシーズンの土日ということもあり、今日は貸切とはいかなかった。でもちょうどガスの切れ間に入ってくれて、明るい光が差し込む中、山頂に立つことができた。遠くには8月に登った和名倉山が見え、少し懐かしい気持ちになった。
少し山頂で休憩を取り、今日のゴールとなる雲取山へ歩みを進める。山荘までは約15分くらいの下り。
山荘に到着して、驚いた。ものすごい人・人・人。普段なら山荘の割と近いところに位置を取れる雲取山のテント場だが、今日はかなり離れたところのスペースにテントを張らざるを得なかった。我々が到着してからも、かなりの人がテントを張れるスペースを求めて、付近を周回しているのが目についた。コロナによるアウトドア志向の強まりの表れか、それとも奥多摩小屋の廃止による影響か。おそらく両方だろう。
今日の寝床は相方が持ってきた秘密兵器の中華製のワンポールテント。見た目はまるっきしKhufuである。が、価格は約1/4という驚愕の安さ。大丈夫か?と半信半疑になりながらも、以外にもかなりしっかりしており、張ったときの見た目もかっこいい。(なんて言ったって見た目はまんまKhufuだからな)
フロアレスシェルターを張り終え、寝床の準備が整ったら、夕食を作る。といっても、お湯を沸かして注ぐだけだが。ただ、こういう時のカップラーメンはとてもおいしい。カップラーメンが好きで大体週に3回はカップラーメンを食べるが、なんといっても山で食すカップラーメンに勝るケースは中々ない、と勝手に思っているのだ。
そのあとは、わざわざ荷揚げしたワインを開ける。さすがにビンは重いのでペットボトルに詰められている安いワインだが、2人で分け合って飲むには十分な量がある。ホットワインに加熱して飲むと、少しずつ冷えてきた空気に冷やされた体が心から温まる。ほっと口から零れ落ちた呼吸が白く冷えた空気に溶けていく。木陰のテント場で、満点の星空、とはいかないが、遠くに見える神々しい東京方面の夜景と木間から降り注ぐ星明りに幸せを感じた。
夜は冷え込んだが、幸い寝ることが厳しいほどは冷え込まず、相方も自分もしっかりと休息を取ることができた。
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二日目の朝。素晴らしい快晴となりそうだ。まだ暗いうちからテントの撤収や朝食の準備を進める。二日目は今回の旅の目的である長沢背稜を踏破する全30㎞の行程。あまりのんびりしている時間は実はないため、暗いうちから準備を進めた。
雲取山荘を出発。少しずつ明るくなっているが、まだヘッドライトの明かりが必要なくらい。まずは、長沢背稜のとりつきとなる、芋木ノドッケを目指す。ヘッドライトの明かりが、朝の冷たい空気を切り裂いて進んでいるような感覚。興奮する。やはり、初めて訪れることになる場所というのは、わくわくが止まらないのだ。
8月は左手、三峯神社方面に向かった登山道の分岐を、今日は芋木ノドッケ方面に登る。朝からかなりきつい急登だ。しかし、だんだんと東京方面の東の空が燃えるようなだいだい色に染まり、しばらくすると暖かい煌煌とした希望の明かりが差し込み始めた。これまでは暗めの冷たい青に染まっていた山肌が、一気に頬を赤らめて恥ずかしがるかのように、表情を取り戻していくこの様は、何回見ても感動するものだ。今日も一日、ご安全に。
日の出の瞬間 |
芋木ノドッケはあまり知られていないが、実は東京都で2番目に高い山である。そんな字面だけを見たら格式のありそうな山だが、山頂はものすごく地味である。気に囲まれてネームプレートのように小さな看板が置かれているだけの山頂。このわびしさがこれから踏破することになる長沢背稜を象徴しているようで、うれしくなった。
芋木ノドッケから本格的に長沢背稜の縦走が始まる。ここからは長沢山、酉谷山、天目山、蕎麦粒山…といくつものピークを踏破する長い尾根辿りとなる。
芋木ノドッケから最初の主要なピークとなる長沢山までの道に入ると、昨日踏破してきた石尾根などの人気の登山道とは様相が一変する。踏み跡が確かに薄い。そして、道も細くシングルトラックとなっているのだ。これは、胸が熱い。もちろん、ルートファインディングが必要なほど踏まれていないわけではなく、はっきりと登山道の存在は見て取ることができるが、あまり人がたくさん歩いているわけではないと感じ取れる程度には、薄いのだ。
落葉と紅葉が混ざり合った、幻想的な樹林帯の縦走路。昨日歩いた石尾根も良かったけれど、自然との距離感が長沢背稜線は全く違った。自然に溶け込むような感覚が、今日の方が断然強い。それはもちろん、朝一番の山の空気感のように時間的な要因もあるとは思うけれど、今日の方がより自然に近づいていた。
稜線にはところどころ岩場があったり、細いところがあったりしたが、難しいところはなく、切れ間から北に見える白く雪化粧をした浅間山の姿などを遠めに見て、歩みを進めていった。
しばらくすると、長沢山の山頂に到着。この時間になるとすっかり日は登り切って、空は全く雲の一つもない超快晴。山頂はやっぱり地味だけれど、これが望んでいた山行である。相方と「これはいい」と口に何回もしていた。
酉谷山へ向かう。長沢背稜は雲取から奥多摩方面に向かうにつれて、だんだんと標高を下げていく。縦走をしていくたびに、だんだんと植生が亜高山帯のそれから、広葉樹林へと移り変わってきた。途中あるヘリポートを越えたあとの紅葉したブナ林の美しさは、文字に起こせないものであり、今年みた紅葉の中では群を抜いて美しいものだった。(10月初旬に行った北海道は知床の紅葉も素晴らしかったが、天気というファクターを織り込むとこちらに軍配があがった)訪れる人も少ない、奥多摩の最奥の稜線を意思を持ち訪れようとしたものだけが拝むことのできる、美しい世界だった。これは、ぜひ山に多少慣れた方は訪れてほしいものである。
酉谷山は標高1718のピークだ。山頂は南側に眺望があり、遠くに昨日は見ることができなかった富士山の姿をとらえることができた。山頂部に少し白い部分があり、だんだんと冬の到来が近づいていることが一目見ただけで分かった。もうすぐ、冬なのだ。
長沢背稜の縦走も酉谷山を過ぎると後半戦となる。だんだんと標高も下がってきており、気温も上がってきた。標高1500m付近の紅葉はまさに最盛期で、緑や黄色、赤色と様々な色に染まった山肌の姿を木々の合間から望んで稜線をさらに突き進む。だんだんと終わりが見えてくると、後ろ髪を引かれる思いになるのが縦走の常。人工的に切り開かれた天目山の山頂から、遠くの景色を眺望すると、昨日歩いた石尾根が正面に見え、歩いた軌跡を確認できた。
天目山から先の蕎麦粒山、そして日向沢の峰まで踏破して、今回の旅でたどることになる長沢背稜は、おしまいとなった。本当に静かで、絶好のコンディションを歩けて幸せの境地だった。また今度はシャクナゲの花が咲く時期にでも行きたいと思えた。
日向沢の峰からは、奥多摩駅へ向かう。ここまでくると、もう歩きなれた山域で、知らない山域を歩いていた時に感じる心の緊張は解ける。そして、何より感じるのが、早くお風呂に入りたいということである。テント泊は風呂に入れない。
日向沢の峰から南下。川苔山は横目に見て、ひたすら最速で奥多摩駅に向かう。かなり本仁田山の登り返しが激しく、相方とひいこらして登った。デイハイカーもたくさん見かけ、ようやく人里に帰ってきたぞ、という実感がわいた。
本仁田山から一気に奥多摩駅方面へ下り、1泊2日の楽しみにしていた長沢背稜の縦走が終わりを告げた。2日間で50㎞近くの距離を踏破した達成感はやはり大きく、そして無事に歩き切れたことに対して充実した心持ちになる。OMMに向けていい対策とペアでの行動練習ができた。何より、人気の少ない、自然に溶け込むような美しい長沢背稜を堪能できた満足感があふれている。東京都で最も山深く、自然に没入できるエリアの一つであることに疑いなし。
奥多摩駅に降りた際の楽しみは、ビールである。もえぎの湯で汗を流し、身も心もさっぱりした後は、奥多摩駅のすぐそばにあるクラフトビールブルワリーであるVERTEREに行くことを強く推奨したい。ちょっと高い(クラフトビールなら適正価格)けれども、感動的においしいビールを堪能できる。山で疲れ切った体に、バテレのうまいビールが染み渡る。このために、日々自分は生きているのかもしれないな、そう店の庭先で相方と山行の感想を言い合いながら、ビール片手に思いを馳せた週末だった。
ぜひ、普通の山登りに飽きた、という方は一度長沢背稜をシーズンに訪れていただきたい、とリコメンドして今回の山行記の締めくくりとしたい。また今年も冒険的な挑戦を!!
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